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Alessandro Barellini |イタリアンジュエリーに会いに行く。part 1

IDRUS(イドゥルス)というイタリアンジュエリーブランドの名前を幾度か耳にし、また日本で目にする機会もあった。 イタリアに年に幾度か足を運ぶ機会のある私としては、そこにいつか、是非訪れてみたいと思っていた。 洗練されたフォルムが印象的なイタリアンジュエリーが、どんなところで生み出されているのか?期待に胸を膨らませて、ブランドが立ち並ぶトルナヴォーニ通りから続くサンタ トリニタ橋を渡り、ショップIDRUSへ入ると、そこには商品同様洗練されたアトリエが待っていた。 そして幸運にもデザイナーでありクリエーターであるアレッサンドロ バレッリーニ氏にいくつか、質問する機会も転がり込む。 アレッサンドロ氏は1966年8月26日にフィレンツェに生まれた生粋のフィオレンティーノ(フィレンツェ人)。その年の11月フィレンツェはアルノ川の氾濫により人的被害そして、多くの芸術品たちが損害にあった。 そんな皆の記憶に残る年に生を受けた氏の、人となりに少しでも触れてみたい。 まずは、職人一家に育ったのか?どんなきっかけが、氏をジュエリー制作へと導いていったのか?というあたりから、質問をしてみよう。   1、ジュエリークリエーターが生まれるまで 〇イタリアでは世襲制というか、職人の家に生まれた子供は職人業を幼いころから学んで、その家名や、ブランドを引き継いでいくというイメージが強いですが、あなたもそうですか? A 僕の父親は企業の中で会計の仕事をしていた。ジュエリーとは全く関係ない職業だよ。 アレッサンドロ氏(以下、A表記)   〇それでは、いつ頃から、ジュエリー制作に惹かれていったのですか? A  大学の建築学科に在学中、金属を用いた彫刻がしたくなったのが最初かな。大学時代、彫金のコースも受けた。この後、彫金という世界に魅了され、仕事もジュエリーブランドでの、デザイナー、モデリストに就くことにしたんだ。   〇お話は大学時代ということですが、もっと昔幼いころから芸術に惹かれていましたか? A うん、そうだね、芸術全般好きだった。特に組み立てることが好きだった。夢みたいな話だけど、発明家とか建築家になりたかったな。 フィレンツェはルネッサンス建築の街であるからね。 筆者  構築型、組合せ型のジュエリーが特徴的なブランド、アレッサンドロ バレッリーニの萌芽は、これほど昔からあるのですね。   〇お見受けすると1999年、33才で、ショップ、アトリエIDRUSを開かれていますが、そのきっかけはいったい何だったのですか? A ジュエリーブランドで仕事の経験をしている間にもそういう思いはあった。そこをやめてから、ロンドンへ行って一呼吸着いた。その休息期間に、自分のライン展開を考え始めたんだ。   〇IDRUS(イドゥルス)という言葉は何かを表していますか? A 夜空に輝く星座が好きだった。星座の中のHYDRUS(水蛇座)にインスピレーションを受けて、ラテン語表記を変化させてアトリエの名前に選んでみた。   〇色々なところで用いていらっしゃるIDRUSのロゴマークは何か特別な物をあらわしているのですか? A 子供のころから好きだったデザイン。3つのシンボルを組み合わせてみた。まず一番上が種。そして三日月。そして一番下に完璧な形である球体。それが一緒になったんだ。 筆者 こういう形のミックスで、しかも子供のころの着想というところが興味深いですね。   〇芸術の街、フィレンツェにショップ、アトリエIDRUSを持つことについてどう思いますか? A フィレンツェは、職人の街、芸術家、建築家の街だったので、それを維持するというとおおげさだけれど、これらを引きついでいくことに喜びを感じている。なぜならば、たくさんの素晴らしい職人たちが消えつつあるということも感じているから。 世襲ではなく、自分の意志でクリエーターの道を開拓したアレッサンドロ氏は、ある意味イタリア的ではない生き方を選んだとも言えるでしょう。 好きなことを仕事にしたアレッサンドロ氏のジュエリーに対する思いなどを次回は尋ねていきたいと思います。 それでは、一週間後のPART2をお楽しみに!