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Alessandro Barellini |イタリアンジュエリーに会いに行く。part 5

イタリアンジュエリーに会いに行く。part 5 (最終回) 5、アレッサンドロ氏の素顔とメッセージ アレッサンドロ氏(以下、A表記) さあ、今まで4回にわたり質問と回答という形でアレッサンドロ バレッリーニという人物と彼の作品を、分析してきました。 最終回の今日もじっくりと心の内をおうかがいしましょう。   〇彫金のような細かい作業はご自分にあっていると思いますか? A あっているかどうかは分からないけれど、何でも組み立てることが好きなので、このミスができない小さな世界も、興味深いと感じている。好きだと思えているっていうことは、あっているということだろうね。   〇この仕事は天職だと思いますか? A 分からないけれど、好きなことだからそうとも言える。でもまだ時間があるから、他のこともできるだろう。   〇もう一度生まれてきたら何になりたいですか? A 今はこれが好きだけれど、可能性があることはなんでもやってみたいというのが、本音。   〇ジュエリー制作の上で、最も難しい工程はあなたにとって何ですか? A 頭の中にある考えを完璧に形にして組み立てるということ。   〇ジュエリークリエーターになりたいと思っている若者に対してのメッセージなどありますか? A デザイナーになりたいと思っている人には、もともとの才能も必要だけれど、何よりも自分の中から溢れ出てくるものを大切にしてほしい。そして情熱を持ち続けること。 何度も実験を繰り返し、そしてしっかりと勉強する姿勢も忘れてはならないかもしれないね。 また簡単なことではないけれど、既にあるものに影響されすぎないことも大切。 人や市場が待ち望んでいるものばかりにとらわれず、自分の中の物をしっかり見つめて育むんだ。   〇最後に、これからあなたはどこへ向かっていきたいですか? A  自分の素の状態、ありのままの自分を保ちつつ、それを育て、デザインやクリエイトに反映させていくこと。自分の中から湧いてくるものをこれからも追及してゆきたい。   アレッサンドロさん、長い間インタビューに答えて下さり、ありがとうございました。 そして皆さんも最後まで読んでくださり、ありがとうございました。   アレッサンドロ氏の作るジュエリーが、ただ美しいだけではない理由がお話をうかがっているうちに、私の中で確信を帯びてきました。 さあ、私が私であるためのジュエリーを、ショップIDRUSで選ぼう。 PART4は、こちら。

Alessandro Barellini |イタリアンジュエリーに会いに行く。part 4

4、アレッサンドロ バレッリーニ氏の素顔 アレッサンドロ氏(以下、A表記) さて、美しい物を生み出す人の素顔とは?どんなものでしょう? 硬軟つけつつ質問をしていきたいと思います。   〇突然ですが、好きなイタリア料理を教えてください。生粋のフィオレンティーノであるアレッサンドロ氏は皆さんにどんなものを薦めてくれるでしょうか? A 素材の味を生かしたシンプルなものが好きだね。ボンゴレのスパゲッティ、 リッボリータや野菜のミネストローネ。 筆者 かたくなったパンを用いて作る農家の料理、フィレンツェ名物のリボリータもお気に入りなんですね。 体に優しいものがお好きなようですね。   〇趣味は何かありますか? A 山登りかなぁ。トレッキングというか、自然の中で過ごすことが好きなんだ。   〇そろそろクリエイティブな質問に戻しましょう。デザインは手書き?それともコンピューターを使ってですか? A 手書きのデザインをしてたけれど、近年はコンピューターでもしている。なぜならば、新しい技術を取り入れることは必要だからね。   〇キャドで全てできてしまう昨今のジュエリーについてはどう思う? A 全部ではないけれど、工場生産の物同様、そこには作り手が見えなくなることがある。作り手から伝わるものがないと、それは一見形は完全であっても、物としては完全ではない気がするね。   〇フィレンツェの伝統技術についてどう思う。例えばフィレンツェスタイルなど。 A フィレンツェスタイル。ルネッサンスから続いている物の影響は僕の物の中にも流れているはず。しかし、スタイルそのものをコピーするのではなく、自分自身がこめられている作品であることが大切。今は当時とは、違う時代だから、他の味を加えたい。   〇最後にIDRUSの顧客というのはやはりイタリアが一番多いのでしょうね。 A 世界中にお客さんがいる。もちろん、地元フィレンツェのお客さんも多い。イタリアのほかの都市や、ヨーロッパ各地、そしてアメリカ、日本と、世界中から人が訪れてくれるのが嬉しい。   アレッサンドロ氏の素顔には、次回もどんどんと迫っていきたいと思います。 それでは、一週間後のPART5をお楽しみに! PART3は、こちら。

Alessandro Barellini |イタリアンジュエリーに会いに行く。part 3

イタリアンジュエリーに会いに行く。part 3 3、アレッサンドロ バレッリーニのジュエリーを形作るものたち アレッサンドロ氏(以下、A表記) 〇3連リングの組み合わせが大変興味深いマジーアシリーズ(ペンダント、ピアスも分解してセンター部分を取り変えることができます)などは、どんな風に生まれてきたのですか?   A 創造のインスピレーションは何かを見て、感動したときにやって来る。 旅をしたり自然の中でリラックスしたときなどにも生まれやすいかもしれない。日常生活の中にもそういう瞬間があるから、見逃さないようにいつもアンテナを張っていたい。   〇自然の中で過ごすことがお好きで、そこからインスピレーションを受けることが多いとおっしゃるアレッサンドロ氏に、フィレンツェのお気に入りスポットもうかがうことにする。 A オルトラルノ (アルノ川の向こう側)。橋を渡った界隈は、まだまだ職人の暮らしのたたずまいが残っているから。 そしてミケランジェロ広場、フィレンツェの全景を堪能できる。 フィエーゾレもね。   〇一つの物が出来上がるまでどれくらいかかりますか? A 既にあるラインならば、お客様にはひと月ほどの期間をいただいて、制作にあたっている。 新作や、完全オーダーになると、かなり長くかかる。再度作りなおすこともある。インスピレーションを大切にし分析を繰り返す。 終えたとき、お客様も自分も満足であるかどうかが重要だと思う。   〇イタリアと言えばデザインの国ですよね。車やモードも有名で洗練されていますが、そのあたりについてどう思われますか? A 確かにイタリアのモードや車のデザインが、優れていると言われる理由はあるかもしれない。デザイン力は高いと思う。しかし他の国々が優れていて、得意な部分も随分とある。例えば日本の構築力など。そういうものとのコラボレーションによって、より素晴らしいものが生み出されていくのだと思う。   〇あなたは美しいハンドメイドジュエリーを作り続けることで、世の中に美を提供しています。美以外に提供しているものなどありますか? A 会社としても個人としても、人を助ける、難しい状態にある人に手を指し伸ばす、そういう行動を繰り返している。 自分たちの周りにはこれだけ食べ物があふれかえっているというのに、世界のどこかでは飲み水や食べ物が十分ではないところがあるという事実に驚かされる。自分の可能な限りの手助けをし、できることならば、こういう状況が無くなる世界を築きたい。   〇人生において最も大切だと思うことは何ですか? A すべての人との関係性。 皆がほほ笑むことのできる世界をめざすことというと、大げさに聞こえるけれど、すべての人に対してのリスペクトをはらって生きていくこと。それは自分自身を慈しむことと同様だと感じるから。   今日はアレッサンドロ氏の世界観に少々触れることができたでしょうか? まだまだインタビューは続きます。次回はもっと素顔に迫ってみたいと思います。 それでは、一週間後のPART4をお楽しみに! PART2は、こちら。

Idrus-Firenze-workshop

Alessandro Barellini |イタリアンジュエリーに会いに行く。part 1

IDRUS(イドゥルス)というイタリアンジュエリーブランドの名前を幾度か耳にし、また日本で目にする機会もあった。 イタリアに年に幾度か足を運ぶ機会のある私としては、そこにいつか、是非訪れてみたいと思っていた。 洗練されたフォルムが印象的なイタリアンジュエリーが、どんなところで生み出されているのか?期待に胸を膨らませて、ブランドが立ち並ぶトルナヴォーニ通りから続くサンタ トリニタ橋を渡り、ショップIDRUSへ入ると、そこには商品同様洗練されたアトリエが待っていた。 そして幸運にもデザイナーでありクリエーターであるアレッサンドロ バレッリーニ氏にいくつか、質問する機会も転がり込む。 アレッサンドロ氏は1966年8月26日にフィレンツェに生まれた生粋のフィオレンティーノ(フィレンツェ人)。その年の11月フィレンツェはアルノ川の氾濫により人的被害そして、多くの芸術品たちが損害にあった。 そんな皆の記憶に残る年に生を受けた氏の、人となりに少しでも触れてみたい。 まずは、職人一家に育ったのか?どんなきっかけが、氏をジュエリー制作へと導いていったのか?というあたりから、質問をしてみよう。   1、ジュエリークリエーターが生まれるまで 〇イタリアでは世襲制というか、職人の家に生まれた子供は職人業を幼いころから学んで、その家名や、ブランドを引き継いでいくというイメージが強いですが、あなたもそうですか? A 僕の父親は企業の中で会計の仕事をしていた。ジュエリーとは全く関係ない職業だよ。 アレッサンドロ氏(以下、A表記)   〇それでは、いつ頃から、ジュエリー制作に惹かれていったのですか? A  大学の建築学科に在学中、金属を用いた彫刻がしたくなったのが最初かな。大学時代、彫金のコースも受けた。この後、彫金という世界に魅了され、仕事もジュエリーブランドでの、デザイナー、モデリストに就くことにしたんだ。   〇お話は大学時代ということですが、もっと昔幼いころから芸術に惹かれていましたか? A うん、そうだね、芸術全般好きだった。特に組み立てることが好きだった。夢みたいな話だけど、発明家とか建築家になりたかったな。 フィレンツェはルネッサンス建築の街であるからね。 筆者  構築型、組合せ型のジュエリーが特徴的なブランド、アレッサンドロ バレッリーニの萌芽は、これほど昔からあるのですね。   〇お見受けすると1999年、33才で、ショップ、アトリエIDRUSを開かれていますが、そのきっかけはいったい何だったのですか? A ジュエリーブランドで仕事の経験をしている間にもそういう思いはあった。そこをやめてから、ロンドンへ行って一呼吸着いた。その休息期間に、自分のライン展開を考え始めたんだ。   〇IDRUS(イドゥルス)という言葉は何かを表していますか? A 夜空に輝く星座が好きだった。星座の中のHYDRUS(水蛇座)にインスピレーションを受けて、ラテン語表記を変化させてアトリエの名前に選んでみた。   〇色々なところで用いていらっしゃるIDRUSのロゴマークは何か特別な物をあらわしているのですか? A 子供のころから好きだったデザイン。3つのシンボルを組み合わせてみた。まず一番上が種。そして三日月。そして一番下に完璧な形である球体。それが一緒になったんだ。 筆者 こういう形のミックスで、しかも子供のころの着想というところが興味深いですね。   〇芸術の街、フィレンツェにショップ、アトリエIDRUSを持つことについてどう思いますか? A フィレンツェは、職人の街、芸術家、建築家の街だったので、それを維持するというとおおげさだけれど、これらを引きついでいくことに喜びを感じている。なぜならば、たくさんの素晴らしい職人たちが消えつつあるということも感じているから。 世襲ではなく、自分の意志でクリエーターの道を開拓したアレッサンドロ氏は、ある意味イタリア的ではない生き方を選んだとも言えるでしょう。 好きなことを仕事にしたアレッサンドロ氏のジュエリーに対する思いなどを次回は尋ねていきたいと思います。 それでは、一週間後のPART2をお楽しみに!